yuzaのブログ

幕末から明治を舞台にした小説を中心に載せています。

明日は遙か 三

  三章 星流る

 

 獣の肉を前にして正毅は無邪気にごちそうだと喜んだ。魚以外の肉を食べたのはずっと昔で、辰次郎さえ記憶が曖昧である。風の噂で、外国との窓口となった横浜では、かつて薬の一種であった牛肉を食べ物として扱う文化が生まれているらしい。朝敵とされた人々が冬は雪と北風に閉ざされ、雪解けの時期を迎えても距離と風評が中央から遠ざけるような土地にあっても、国は確かに動いているようであった。

「どうしたのですか、誰も病になったわけでもないのに」

 初にとっての肉は、薬としての牛肉であるらしい。かつて薬として口にしたことがある正毅は当時の味を気に入ったらしく嬉しそうな顔をしているが、初は根っから不思議がっていた。

「肉でも食べないと具合を悪くするだろう」

 辰次郎は言い、二人の前であらかじめ肉塊に加工されたものを広げた。それは茶色を帯びた黒い肉で、よく見るとわずかながら体毛が残っている。それを見つけたのか、初はわずかに眉根を寄せた。

「でも良いのですか。牛など病でもないのに食べたら」

「体が穢れるか。それでも生きていけるならましだろう」

 そう言うと初は黙った。大人たちは子供たちが育つまで生き抜いて、彼らの礎にならなければならない。そのような考えは斗南藩士をはじめとする多くの大人たちに浸透していて、そこに男も女もない。初もまた理解しているようだった。

「それにこれは牛の肉ではないよ」

 辰次郎はさりげなさを装って言ったが、正毅の耳はごまかせず、

「それじゃあ何の肉ですか」

 好奇心に満ちた顔で訊いてきた。

 辰次郎は何とかごまかす言葉を探したが、答えを待つ正毅の前でうまい考えは浮かばず、

「菊右衛門さんの知り合いの猟師が分けてくれたのだが」

「では野兎か何かですか」

 初が口を挟む。さっきに比べ興味を惹かれたような顔をしていた。

「いや、そうではない」

「じゃあ何なのですか」

 じれったそうな表情に変わり、答えを急かす。

 意を決し、辰次郎は口を開いた。

「間違って野犬を射殺して、捨てるのも不憫だからと分けてくれたと聞いた」

 正毅は野犬と聞いて何なのかわからなかったらしい。知らない言葉を聞いて呆然とした顔をしている。

 一方の初は信じがたいものを見たかのように硬い表情で辰次郎を見、野犬の肉に視線を注いだ。そしてぎこちない動きで顔を上げ、

「本当、なのですか」

 と、震える声を出した。

「猪の肉と偽るならいざ知らず、犬の肉と言ってきたのだ。本当のことだろう」

「しかし、だからと言って」

「まだ冬は長い。肉でも食べないと乗り切れん」

 食べる決心がつけられない初を制するように辰次郎は声を張った。辰次郎とて犬を食べたことはない。ましてどんな病気を持っているかわからない野犬である。食材としては怪しいことこの上ない。

 しかし最も寒さが厳しくなる時期を迎え、周りでは何人もの子供や老人が体調を崩している。死人が出ている家もあると聞く。押布や野草より動物の肉の方が、体が生み出す熱の量は多いはずだ。賭けになってしまうが、全ては春を迎えるためであった。

「わかったら捌いてこい。しっかり火を通すのだ。そうでないとどんな病気にやられるかわからん」

 初を突き放すように言うと、彼女は甲高い声を上げて台所へ向かった。

 特別に加工されていない肉を切りそろえるのに苦労したようで、普段の倍近い時間がかかった。それを野菜と共に、普段よりも念入りに煮込む。魚の時とは違う匂いが漂ってきた。何とか好意的に捉えようと思うが、不慣れなせいか嫌なものにしか思えない。

 顔をしかめたくなるのを抑えながら三人分取り分け、辰次郎の号令で口をつける。未知の食材が入っている緊張によるものか、初の表情は硬い。正毅は新しいものへの抵抗を感じないようで、頬は柔らかかった。

 しかし肉を口にすると表情が変わった。噛み切るのに苦労しているように顔をしかめ、しまいには吐き出そうとした。

「正毅、何をする」

 辰次郎は一喝した。驚いた顔をして正毅は口を閉じ、弾みで飲み込んだ。一瞬喉に詰まらせたらと心配になったが、幸い苦しそうな顔は見せない。代わりに泣きそうになった。

「せっかくの食べ物を無駄にする気か」

 辰次郎は息子の目が潤んできたのに構わず言葉を継いだ。父親の顔がよほど恐ろしかったのか、正毅は息を呑んだ。

 それで素直に食べるかと思ったが、

「でも、まずいから」

 そう、消え入りそうな声で抵抗を見せた。

 以前押布を食べた時は、思いを押し殺しているのがわかる顔で美味いと言っていた息子が、初めて自分の意見を見せてくれたようで嬉しく感じたが、今は喜んでばかりではいられない。辰次郎は心を鬼にすることを決め、

「お前は武士の子だろう。かつて戦場では兵糧がなければ犬や猫も食らったものだ。我らが敗北の上餓死したとあっては、世間様の物笑いの種になる」

 幼い息子が、父からの言葉をどこまで理解できたのか計り知れない。ただ剣幕に恐れおののくだけかもしれない。しかし、それでもたった一点が伝わってくれれば良い。

「生き抜け、生きて残れ。お家再興が成るまでは生きてあるんだ」

 正毅は椀を持ったまま、辰次郎の剣幕を見返していた。その眼差しには強く怯えが見えたが、微かに立ち向かおうとする力強さが見えた。

 正毅は小さな声で返事をして、椀に口をつけた。そして時間をかけて犬の肉を食べきった。

 初が正毅を庇うように話しかけてきたのは、灯りを消して寝静まる時間であった。

「犬の肉を食べられないと言うのは仕方が無いのではないですか。私も捌くのに苦労しました。戦場では貴重な食糧だったかもしれませんけれど、子供の食べ物とは思えません」

「しかし克服しなければこれから先生きていけまい」

 力や技術とは違う、それらを除いて最後に残る生命力の問題であった。まだ日新館にも入っていない正毅なら、国の中央で生きていくための力はいくらでも手に入れられる。それにも時期が来るまで生き抜く力が必要で、犬の肉でも虫でも食べて得られるならそうしてほしかった。

「耐えてさえいればいつかはお家再興も叶う」

 親藩として栄光の中にあった頃を取り戻す。いまや斗南藩士たちの間で合い言葉のようになっていた言葉を口にすれば、初も納得してくれると思っていた。それが苦境を抜け出す唯一の手段であり、翻って子供たちのためになるのだ。

「それほどお家再興が大事ですか」

 初が見せた反応は、期待とは全く違うものであった。声音は懐疑に満ち、夫に対する敵意さえ感じた。

「命を捧げるべき相手はもはやいないのに」

「今更何を言っているのだ」

 辰次郎は跳ね起き、声を上げた。すぐに正毅が寝ていることに気づいてしまったと思ったが、幸い息子は規則正しく寝息を立てている。

「お前様」

 初に咎められ、しずしずと体を横たえる。初の言葉で跳ね上がった気持ちの高ぶりを鎮める間を置いて、

「全ては子供たちのためではないか。何があっても生きてもらわなければ、秀一郎も報われまい」

 大人たちのみならず、死んでいった子供まで礎になるという寅之介の考えを全て認めたいわけではない。しかしそう考えなければ、現実に帰ってこなくなってしまった者たちに顔向けできないのだ。

 どんな大義があるにせよ、子供を守れなかったのは大人の力が足りなかったためだ。厳然たる事実だが、心の奥には目を背けたい気持ちもあった。

「秀一郎は大人たちの犠牲になったのですね」

 初の冷然とした声は、心の奥底に潜む暗い気持ちを突いた。戊辰の役で敗れたことも、お家再興に望みを託すことも、元をたどれば大人たちの失敗である。秀一郎をはじめとする異郷で死んだ子供たちはその犠牲になったのだ。そして犠牲が報われる保障もない。だからこそ、皆がお家再興という明るい希望を見る。光の当たらない場所に潜む事実を忘れたいがために、未来を見通しているのだ。

「そんな言い方はよせ」

 辰次郎は気色ばみ、言い返した。初の言葉も事実を示しているが、大人たちとて何もしていないわけではない。山川権大参事は廃刀令を出して藩士の意識を変えようと苦心しているし、永岡小参事も田名部を発展させようと尽力している。

 彼らにも子供たちを犠牲にしてしまったという罪悪感はあるはずだ。その上で自らの務めを果たそうとしているのだから、斜に構えた見方はさせたくなかった。

「正毅が斗南藩の人柱にならないとどうして言い切れますか」

 辰次郎は言葉を失った。犠牲が正毅でなく秀一郎だったのは、もしかすると偶々であったかもしれない。一つ何かが掛け違っていれば、自分たちの間は空白になっていたかもしれないのだ。

「こうして人柱を積み上げてそれでも成し遂げるお家再興なんて」

 それは秀一郎の死に際し、寅之介に言ったことでもあった。あれからまだ二ヶ月程度しか経っていないのに、佑をして優しいと言われた視点を失ってしまっていたらしい。その変化に慄然とする。本当に自分の子供の死に際し、礎の一言で片付けてしまうような気がした。

 何かを言おうと考えあぐねていると、正毅がうめいた。それで頭が冷える。初も同じだったようで、沈黙が降りた。

 決まりの悪さを解消できないまま、初の布団から規則正しい息づかいが聞こえ出した。それを聞きながら犠牲という言葉を思い返す。お家再興が成るまで、どれほどの命が異郷で失われていくのか。辰次郎はおろか、権大参事らにも答えられない問いかけに思えた。

 夫婦間の遣り取りは薄い壁を通して周りに聞こえていたようで、

「夫婦喧嘩か、お前のところにしては珍しいな」

 長兵衛に揶揄された時には耳を塞ぎたくなった。

「恥ずかしいな」

「別に聞きたかったわけではない。しかし壁が薄いから仕方あるまい」

 長兵衛はあくまで明るく、それにつられるように辰次郎も苦笑する。思えば自分たちは、正毅が生まれてから言い争うことが少なかったように思う。知らず知らずのうちに気持ちを内へ抑え込み、ここ最近の過酷さがきっかけとなって吹き出したのだろう。

「子供が人柱とはな。なかなか厳しいことを言うじゃないか」

「ああ。しかし本当のことかもしれん。お前はそう思わないか」

 正毅をはじめ、後に続く者たちのために生きていくつもりであった。そのためのお家再興であると信じてきた。しかし視線を遠くに持ちすぎたがために、初の反発を招いたような気もする。子供たちは後ろばかりではなく、足下にもいたのだ。

「寅之介さんなら、気にしていられないと言うかもしれんな」

 秀一郎の一件があってから、何となく疎遠になってしまっている兄なら、細かい犠牲にはこだわらない姿勢を貫くかもしれない。そうでもしなければ目標へ近づけない余裕のなさは、兄の冷徹さを際立たせてしまっている。

「兄上ではなく、お前の思いを聞きたい」

 辰次郎が重ねた言葉に熟考し、

「そう思われても仕方が無いな」

 と、悲しそうな笑顔を見せて言った。

「しかしそうでなければ、何のために秀一郎が死んだのかわからん。自分の息子が犬死にではなかったと、無理にでも思わなければ、俺たちが報われないじゃないか」

 小さな犠牲を無意味に積み重ねたと後世後ろ指を指されるようであってはならない。それでは保科松平家の名に泥を塗ることにもなるだろう。

「この斗南を盛り上げようとしているのは、もはや藩士たちの維持でしかないのだろうか。傲慢なことをしているか」

「傍目にはそう見えるかもしれない。しかし俺たちには、家族を巻き込むことでしか家族を守れなかった」

 東京と名を変えた江戸にでも頼れる親類がいれば、初を離縁して預けることもできたかもしれない。そして自分だけが斗南へ行くのだ。それができれば、最悪でも死ぬのは藩士たちだけで済んだ。

 しかし現実には備えも考えも足りず、家族を伴うしかなかった。その結果秀一郎のような子供も出てしまう。

「辰次郎、俺は秀一郎のことを悲しんでいる。無力さを呪う気持ちもある。しかしそれを悼んだり嘆いたりするのは、目処がついてからだと決めている」

 長兵衛の声音は強く、迷いに揺れる辰次郎の心に響いた。彼の方が苦しく悲しい状況に置かれているのに、妻と言い争ったぐらいでめげてはいられない。

「俺たちの行く道が正しかったかどうか、結論が出るまで時間はかかろう。間違っていたのかもしれん。しかし俺たちはここにいる。答えの正しさを案じるより、生きることに邁進する方が大事だろう。寅之介さんではないが、ここは此岸なんだ」

 秀一郎のことを悼まずに立ち去ろうとした兄を責めた時、彼は此岸という言葉で一喝した。その言葉の向こうには、何人もの子供がいたのだろう。

 今の自分が背負うのは、二人の妻子だけだ。兄のように多くの子供を預かる者に比べたら、その責任は軽い。しかし二人にすればかけがえのない男でありたい。息子への態度をめぐって言い争った初のように。

「お前は強いな。いや、強くなければならないか。権大参事らはこの土地で暮らす者たちを守ろうと必死なのだ。藩士はそれに応えなければならないな」

「そう思う人間が出れば、廃刀令にも意味があったことになる」

 権大参事山川浩の命により、斗南藩ではいち早く廃刀令が出された。そのお触れの中で、山川は刀を差すことやそれによって権威を示すこと、古い権威によって人を支配することを明確に否定している。

 山川をはじめとする斗南藩の首脳陣の願いは、藩士一人一人が自立することであろう。刀が権威を示した頃から、既に未知の日々へ移り変わっているのだ。そのことに気づかなければ、先へ行った新政府の者たちと渡り合うことなどできはしまい。

「この辺りはまだ良いが、場所によっては稼ぐ手段さえないと聞く。そんな場所では刀は役に立たないということか」

 口にするのは苦しい言葉であったが、それまで何の疑問もなくしがみついていた権威から離れる決心がつくと、不思議と心は軽くなる。妻子を苦しめられないという重圧と同時に、何でもできるかもしれないという期待感が満ちてくる。それは競りに集まってきた客の中に、広沢安任を見た時と同じ気持ちであった。

「それは権大参事ばかりではなく、小参事も同じだろう」

「広沢小参事のことか」

「以前お見えになっていたな。何をお考えかわからんが、刀に頼ることではないだろう」

 広沢の優しげな顔を思い、辰次郎も頷いた。昌平黌に学んだ経験などを聞くに、武に生きるのは似合わない男に思うし、母親を支え続けた徳の高い人でもあると聞いている。そんな人と縁があるのなら、喜んで力になってみたいと思うのだった。

「広沢小参事は、山川権大参事が特に信頼を置いている人だと聞いている。そんな人が、よもや物見遊山であの場にいたとは思えない」

「それこそ斗南藩の命運を左右するような意味があるか」

 長兵衛は深く頷き、

「それが秀一郎の命に報いるようなものであれば良いが」

 遙か先を見て言った。その日を遙かに見ながら、しかし固く信じているような眼差しであった。

 競り人の下で働いている時は遙か遠くの夢や希望を信じていられるが、家に帰ると現実を否応なしに突きつけられる。周辺に住む子供や老人には、ちょっとした傷でひどく出血する者が多く現れ、医者の見立てでは栄養不足からくる病であるということであった。

 正毅も例外ではなく、出血に怯えるのを落ち着かせるのが苦労であったが、そういう役目は初の方がうまく、辰次郎はほとんど役に立てなかった。

 その初が、嫁入りの時に持たされていた着物を売ろうとしていたのを街で見た時は、彼女が痛がるのも構わずに店から引っ張り出した。初のしようとしていたことを咎めると、着物のままでは正毅を救えないと厳しい声で言い返された。

「今必要なのは薬礼でしょう。着物では正毅の血を拭いてやることぐらいしかできないではないですか」

 そう言い返され、辰次郎は言葉を失った。

 初は話は終わりとばかりに店へ戻っていった。やがて薬礼としての金品を手に戻ってきた。まだ役目が終わっていなかったため妻を見送ることしかできなかったが、息子を任せきりにするしかないことが何とも情けないことであった。

 競り人の下での仕事を終えて長屋へ戻ると、辰次郎は実父のことが気になった。正毅が苦しむ病は、栄養不足の老人たちの間でも広まっている。惣太郎もかなりの歳であり、せめて様子を見ておきたかった。

 寅之介の家を訪ねるとちょうど夕餉の時間であった。その中に寅之介の姿はない。惣太郎は思ったより元気に見えたが、一家の主がいないのが気にかかった。

「どうした、辰次郎」

 突然の来訪に驚いたらしい寅之介の妻子に対し、惣太郎は太々しささえ感じさせる声で迎えた。役目や地位に対し自信を持つ分、傲然とした態度を見せることのある人物であった。その態度に密かな反発を覚えたこともあるが、この過酷な土地でも変わらないところを見せられると安心する。

「いえ、心配になりました。正毅が今大変なので、父上はどうなのかと」

 元気そうな父を見て安堵していた辰次郎だが、

「私を気にかけるより息子を心配したらどうだ。嫁に苦労をさせているようだな。情けないと思うことだ」

 惣太郎に言われ、身が引き締まる思いであった。初とて薬礼捻出のためとはいえ、嫁入り道具を売る羽目になったことに痛みを感じていないはずはない。妻子に痛みを感じさせていることは、一家の主として恥じなければならないのだ。

 遠慮の無い声にさらされ、辰次郎は頭を下げた。少し目が覚めたような気がした。

「ときに、兄上はおりませんか」

 夕餉の時までいないのは妙なことであった。

「詳しくは知らぬが、まだ日新館にいるはずだ。元々遅くなると言っておったが」

 子供を教え導くための場所で、日が暮れるまですることがあるのかと思ったが、確かめる術はない。辰次郎は夕餉時を騒がせたことを詫びて自分たちの部屋へ戻った。

 部屋では正毅が休んでおり、それを初が見守っていた。

「父上を見てきたが、元気にしていたよ」

 初にしても義父の体調は気になっていたらしい。ずっと険しかった表情がわずかに和らいだ。

「あの父上のことだから、そう簡単に病に冒されるはずもないが」

 正毅のことでずっと心が安まらなかったはずの初が笑みを見せたことは辰次郎にとっても嬉しく、それをもっと大きくしようと思って、務めて明るく言った。そうですね、と初はもう一度笑ってくれた。

「御兄様はどうでしたか」

「いや、どうやら帰っていないようでな」

「それはどうして」

「元々遅くなると話していたそうだ。日新館で何かしているそうだが」

「お忙しいのですね。お前様もそれぐらいなら良いのに」

「無理を言うな」

 少し冗談めかして言った初に、辰次郎も笑みを見せる。正毅の不調や秀一郎の死などでよどんでいた夫婦間の空気が晴れたような気がする。肉親の安楽がこれほどの安らぎをもたらすと思うと、悪いことばかりではないのだと救われた気分になれた。

 床に就く時間になっても寅之介が帰ってくる気配はなく、惣太郎に確認を取ってもやはり戻ってはいなかった。巷では過酷な暮らしでたまった鬱憤を晴らすかのように、権大参事をはじめとする首脳陣の責任を問う声が高まってきている。多くは与太話に過ぎないが、中には本気さを感じさせるものもあって、危険な臭いを辰次郎も感じてきている。直接藩政に関わってはおらずとも、兄がそのとばっちりを食うことも否定はできなかった。

 一度心配が芽生えると落ち着かなくなる。田名部の日新館へ様子を見に行こうと思ったが、夜道の危険さは一年以上に渡る暮らしで知っている。通い慣れた道とはいえ迷う危険もあったし、雪が残る夜道は何よりも怖いものだ。実際冷え込みの厳しさから遭難の危険があることを、最初に菊右衛門から聞かされていた。

 落ち着かない気持ちを抑えて眠りに就いた辰次郎は、朝を迎えたら朝餉も摂らずに田名部へ向かった。賢明な兄であれば、昨日は戻るつもりがなかったのだと思った。

 果たして兄は日新館に泊まっていた。思いもしない来訪に驚いた兄であったが、心配を素直に告げると苦笑しながら、

「お前に心配される日が来るとはな」

 と、面映ゆそうに言った。

 その顔は少しやつれて見える。激務のせいかと思ったが、子供にものを教えること以外に何が役目か思いが至らない。

「少しやつれたようですが、眠られていないのですか」

 すると兄は、何故か言葉少なに返事をするにとどめ、

「疲れたな。少し寝てくる」

 と言い、講師用の宿舎であるという建物へ向かった。

 肩を落としているように見えた後ろ姿を気にしながら立ち尽くしていると、辰次郎を呼ぶ声があった。佑が思いがけないものを見たような顔でそこにいた。

「寅之介さんに会いに来たのか」

「ああ、そのようなものだ」

 軽い挨拶のつもりでそう応えたが、

「ならば一人にしてやってほしい。だいぶ気落ちしているようだ」

「どういう意味だ」

 さっきの消沈した様子を思い出しながら、兄が消えた宿舎へ目を向ける。

「子供や老人が苦しんでいることは知っているだろう」

 もちろんだ、と言って辰次郎は頷いた。

「本来なら日新館へ通うような子供でさえ、日々働くので忙しく通えていない現実がある。そんな中でも何とか学ぼうとしていた子供たちがいたのだが」

 佑は学舎の方へ目を向けた。

「昨日のことだった。寅之介さんが目をかけていた子が死んだ。苦しい中でも通い続けてきた子だった。それだけに気落ちしている」

 会津藩には何よりも学びに手間をかけることで道を切り開こうとする、一種の哲学めいた考えがあった。寅之介はそれを忠実に守ってきたのだが、現実に敗れたように感じたのかもしれない。

「その子だけではない。子供の死は連日藩庁に届いている。嫌な言い方だが、秀一郎のようなことは決して珍しいことではなかった」

 田名部とその周辺はまだ仕事もあって恵まれた方だが、権大参事らが始めに開拓した斗南ヶ丘に立つ家々などは、冬の豪雪で潰され多くの犠牲者を出している。暮らしの目処が立たないために出稼ぎに出る者や斗南を離れる者、婦女子の中には田名部の商人の妾になる者まで現れているという。

 日新館に仕事がある佑と別れ、辰次郎は敷地内を歩いた。子供らが現れるはずの時間だが、その気配はほとんどない。時々門をくぐってくる子供は一人か二人、まばらに現れるだけで、子供らしい甲高い声は聞こえてこない。

 どこの家でも日々の暮らしで精一杯で、生きていくために学びを捨てざるを得ない。会津藩以来、自分たちが大事にしてきたものさえ過酷さの前に踏みにじられようとしている。どうにかしなくてはならない。しかし立ち尽くす辰次郎に為す術は無く、日新館を黙って立ち去るのであった。

 

 多くの死者や傷病者を出した冬が過ぎる頃には正毅の病も快方に向かっていった。食糧確保の難しさから来る病は、春の訪れと共に消えていったが、暮らしの苦しさは変わらず、相変わらず日新館に来る子供が少ないと寅之介は嘆いていた。

「北斗七星が見える時期になりましたな」

 教え子の死を見てきた寅之介は、まだ傷が癒えていないようであった。それを気遣って辰次郎が外へ連れ出した帰り道は満天の星空であった。

「北斗七星とはどこにあるのですか」

 辰次郎にはどうしても星宿の形がわからない。数が多すぎることもあり、子供がするように星と星を指でなぞりながら歩く。

「いつまで経っても同じことを言うのだな」

 寅之介の顔に笑顔が戻る。星宿に限らず、兄には多くのことを訊いた。それを厭わずに物事を教えてくれたのは人柄であっただろう。やがてそれが務めとなり、平穏なままであれば多くの子供を導くことになった。父が歩んだ道を行くことができなかったのは、数奇な運命とも、悲劇とも言えた。

「日新館の子供たちと同じだ。こういう状況でなければお前もまだ日新館に通う歳だが」

 日新館には六歳で入り、二六歳まで学ぶことができる。もっとも、日々を生きていくだけで精一杯の状況だけに、通うことがままならない者たちを咎めることはできない。

「日新館はもう終わるな」

 何気なさを装った声に軽い気持ちで返事をしそうになり、寅之介を振り向いた。聞き違いを願いながら訊き返すと、終わると言ったのだ、と割にしっかりした声で彼は答えた。

「これはもはや避けられないことだ」

「学ぶ者が集まらないとはいえ、全くいないわけではないでしょう。その子たちのためにも続けた方が良いのでは」

 内側の事情を知らないだけに、どうしても控え目な言い方になってしまう。しかし正毅はまだ入ってもいないのだ。会津藩が培ってきた学びを受け取るのはこれからなのに、寸前で打ち切られてしまっては大きな悲劇になりかねなかった。

 寅之介は微笑んだ。諦念のにじむ居たたまれなくなるような顔だった。

「お前は知らなかったか。斗南藩はやがてなくなるのだ」

 そのどこか涼しげにさえ見える顔で静かな言葉が紡がれたが、辰次郎は兄の感情に乗ってやることはできなかった。足を止め、どういうことですか、と食ってかかるような勢いで訊いた。

「まだこれからのことだが、斗南藩だけではない。全ての藩がなくなるのだ。我らを最果てへ追いやった薩摩や長州も、全ての藩が運命を共にする」

 戊辰の役の後に残った数百の藩はそのまま残され、徳川幕府のあった頃と変わらずに藩主がその地を治めることになっていた。徳川幕府から接収した領地のうち、東京や大阪などの大都市を府とし、その他を県として新しく設定する改革はあったが、藩主や藩士にとっての変化は少ないままであった。

「何故そのようなことを」

 いつしか兄弟は足を止めていた。かつてのように教えを請い、請われる間柄に戻ったような気分であったが、その先の現実は子供の頃に味わうことは有り得なかった類いのものである。

「藩主がいつまでもいると、新政府にとって都合が悪いからだ」

 数ヶ月前に比べて夜気が穏やかになっているせいか、手近な岩に腰を下ろして語り出す兄の表情は、子供にものを教える時のように優しいものに見えた。

「新政府が目指しているのは、一つの国に一つの政府がある体制だ。ところが現状は、新政府の他に各地の藩主が地方を治めている。各地の藩主は独自に税を徴収しているし、薩摩藩などは藩主の父が実権を握って軍事力の増大に努めていると聞く。新政府としてはとても落ち着いて政治など執れないだろう」

 新たな時代を切り拓くのに貢献した藩が、体制に反することをしているのは意外であり、皮肉であった。しかし新政府の言い分もわかる。戊辰の役を含め、体制を揺るがす反乱はいつも九州や東北で燃え上がっていた。反抗を未然に防ぐためには必要な措置であろう。

 しかし戊辰の役の敗者として、どうしても納得できないことがあった。

「それでは我々は、誰の下につくのですか」

 寅之介は辰次郎を見遣ってから、静かに口を開く。

「新政府だ。星が流れる頃には決まるだろう」

「それでは薩長の下で働くということになります」

「そうだな。我々を最果てへ追いやった者たちが上に立つ。彼らの中には戊辰の役で東北諸藩に辛酸をなめさせられた者も多い。桂小五郎などその筆頭だ」

 現在は木戸孝允と名を変えた男が、会津藩の処分を主導したのだ。旧会津藩士が自分の下に来るとわかれば、いっそう弾圧の手を強めるかもしれない。そして新政府内で敵対した者は彼だけではない。

「藩主たちは東京に住むことになるそうだ。そして空いた藩主の椅子には、新政府が選び派遣する知事たちが座って政治を執る。保科松平家が政治を執っていた歴史も、ここで途切れるのだ」

 兄はさらりと言ったが、表情には苦しさが宿っている。どうしても諦めきれないものを抱えているのは辰次郎にも痛いほどわかり、だからこそ大きな心配が浮かぶ。

「その時、保科松平家はどうなりますか」

 その答えを聞くのは恐ろしかった。斗南藩士となってまで生きているのは、自分が仕えてきた主家を建て直すためだったのだ。その目標が失われかねない事態でもあった。

松平容保様と円通寺に預けられている容大様は東京で暮らすことになるだろう。そして政治とは遠ざけられ、我々は新たにやってくる県知事に仕えることになる」

「それでは斗南藩士ですらありません」

「そうだ、その時我々は藩士ではなくなる。何しろ藩がなくなる。そればかりか、世の中には武士という身分さえないのだ。それを見越したからこそ、権大参事は廃刀令をいち早く出したのだ」

 辰次郎は言葉を詰まらせた。それまで拠り所としてきたものを失うことは辛かったが、これからのために仕方が無いのだと自らに言い聞かせてきた。それでも現実に際してみると浮き足立つ。自分の心の脆さが恨めしいほどであった。

「権大参事をはじめとする斗南の指導者たちは、新政府が作る歴史の流れに逆らわないことを選んだ。新しい水が奔流のように東北を洗い流していくが、それが去った後にどうするかが大事なのだろう」

「日新館さえ洗い流されてしまいます」

「ああ。しかし新しい日新館を作ることもできる」

 名前は変わるだろうし、教える内容も、思った通りにはできないかもしれない。しかし教える側の心にまで新政府が枷をはめることはできないはずだ。寅之介の語る新たな学舎には希望も感じた。

「お前はどうする、辰次郎」

 問いかけに答えは浮かばなかった。妻子を養うことを考えつづけ、まだ予断の許されない状況が続いているが、一つの節目ではあるだろう。何かを探すのに良い機会になるだろうか。

「探すしかありません。馬の競りがいつまで続くかわかりませんから」

 ふと田名部馬に顔を出していた広沢安任のことを思い出した。どうせ働くのなら彼の下が良いとも思ったが、それはあまりに遠い理想に思えて苦笑した。

 北斗七星が空の彼方へ流れると、星宿の様は次の季節へと移り変わる。相変わらず辰次郎にはわからないが、兄には春と夏の違いがわかるらしく、暖かな夜には庭先に出て、自分の子供と星と星の間を指でなぞっていた。

「伯父上は何をしているのですか」

 正毅が興味を持ったことがあって、門外漢が説明するより本人から教えてもらった方が早いと思って寅之介のもとへ行かせた。少し経てば、三人で星空に指先を向け、あれが何という星でどれとどれを結べばこんな星宿になるという話に、正毅の声も混じるようになった。子供の好奇心と頭の回転の良さが合わさるのは見ていて気持ちの良いものであった。

「星は見ていて面白いか」

 いつの間にか回を重ねていた星の観測会から帰ってきた時に訊くと、

「よくわからないです。でも面白いです」

 無邪気な笑顔と共に返された答えは、星に興味を持ってこなかった自分の息子らしいと得心できるものであった。

 星が流れて星宿の様が変わるまで二ヶ月程度を要した。その動きはゆったりとしていて、いつの間にか変化が終わっているようであった。空の変化はずっと見ていない限りわからないほど穏やかなものであったが、その間の地上は激動であった。

 明治四年七月十六日の夕刻であった。まだ昼間の蒸し暑さが残るものの、仕事が一段落して長兵衛と共に日陰で涼んでいる時に、佑がその報せを持ってきた。

「とうとう来たか」

 お触れが出されてから二日経って届いた報せに、どんな感想よりも先にその言葉が口を衝いた。数百年続いた体制が変わるにしては唐突に感じたが、いずれ訪れる瞬間であったのは間違いない。

「これで斗南藩も終わりか。会津藩も、全ての藩も」

 長兵衛は嘆息し、空を仰ぎ見た。彼方へ流れてしまうのは藩と主家だけではない。その土地で生きてきた自分と一族の歴史諸共である。ぐらりと足下が揺らぐような感じがあって、残る数十年の人生が急に長く遠いものに思えた。

「身の振り方を考えなければならないな」

 佑が言った。当初移住した会津藩出身者も、かなりの人数が斗南を去っている。二年間で命を落とした者も多く、この機会に新天地を目指す者も現れるであろう。

「行く当てはあるのか」

 長兵衛の問いに、これから探す、と佑は答えた。

「厳しい道になるだろう。ここに留まるか出ていくのか、それを最初に決めねばなるまい。外の暮らしは風当たりが厳しいはずだ」

 斗南藩は敗残の証そのものであったが、他の藩がそうであったように新政府から独立した暮らしを営むため必要なものでもあった。新政府は近代国家の建設を唱えており、その枠組みから外れる藩の存在を認めることはない。廃藩置県は各藩が保っていた独立の気風を消し去るものであった。

 斗南藩青森県に属することになるという。それを治めるのは、松平家の嫡男である容大ではなく新政府から派遣される県知事だ。その人物が寛大な政治を執ってくれるのを願うばかりであった。

「しかしその前に俺たちには、会津藩士としてやることがある」

 佑は敢えて会津藩士という言葉を選んだようであった。それはまだ、自分たちの根源を形作るものに役目が求められているということであろう。

「何がある」

 しかし辰次郎には佑の持つ答えが想像できないままであった。敗北した時点で力を失った、会津藩という拠り所に誰が何を求めるのか。

 佑の返答はしかし、予想を超えていた。

「東京より松平容保公が来られる。我々は保科松平家に仕えてきた者の末裔として、それを迎えなければならん」

 佑には珍しい、穏やかな微笑みと共にもたらされた言葉に、答える言葉を辰次郎は持たなかった。我知らず自らの眼が見開かれたのはわかったが、口が頭の回転に追いついてこない。

「本当か。本当に来られるのか」

 感極まったような声を上げたのは長兵衛である。大きな顔を歪めて、わずかなきっかけで崩れそうな表情を見せる。

「既に出発している。間もなくこの地へ降り立つとのことだ」

「そうか、そうなのか」

 言葉が思いつかなかった。脳裏にはいくつもの思いが言葉となって残る。感謝であり、感動であり、歓喜である。その片隅に、力及ばず主君に苦しい思いをさせてしまったという悔悟の念がある。容保と嫡男の容大は、二年に渡って離れ離れであった。薩長に勝てないまでも、減封を拒めるぐらいの戦果を挙げていれば、少なくとも親子が引き離されることはなかったのではないか。

「いつ来られるのだ」

 長兵衛に訊かれ、四日後だと佑は答えた。果たして七月二十日、会津藩及び斗南藩最後の藩主となった松平容保は、息子の容大が身を寄せる円通寺にやってきた。

 主君が来る。来て何かをするというわけではない。しかし自分たちが命を賭けて仕えた人が来る。かつて会津藩士として生きた者には、主君と生きて再会できるというだけで充分であった。

 松平容保円通寺へ入るのを案内したのは、斗南藩の最高責任者として働き続けた権大参事の山川浩であった。彼は佐井の港から一行を迎え、それを旧家臣が沿道から見守った。

 円通寺のある田名部にほど近い場所に住んでいた辰次郎らは、円通寺のすぐ近くで一行を迎えた。優しげな顔立ちは、苦労が続いたはずの二年を経ても変わらず、その顔は沿道の人々を見るたびに悲しさを映した。

 家臣たちの力が及ばなかったがために背負った苦労を責めるでもなく、この過酷な土地での暮らしに耐える人々への眼差しは優しかった。

 その目に引き寄せられるように、沿道から多くの斗南藩士が円通寺へ入っていく。辰次郎らもそれを追いかけた。藩庁でもあった円通寺は人で埋まり、その中心には親子がいた。

 屈託のない表情を浮かべながら、寺の人に連れられて父親と再会する容大であったが、長く離れて暮らしていたせいだろう。まだ幼い容大は、ほとんど顔を合わせたことのない父親を前にきょとんとした表情を見せる。それがおかしかったのか、あるいはかわいらしく思えたのかわからないが、容保は苦笑していた。

 そんな容保の周りで、辰次郎らを含む全ての藩士は手を合わせてひれ伏していた。その全てに容保は笑いかけ、

「そんなところに座らずとも良い。近こう寄れ」

 そう言った。

 最初に返答したのは、権大参事であった。

「我々の力不足、お詫びの言葉もございませぬ」

 それはこの場に集まった全ての藩士の心を代弁する言葉に思えた。再会できたことの喜びや、自分たちのために会いに来てくれたことへの感謝よりも前に、詫びたい気持ちの方が強い。不遇を託ったのはお互い様だが、最後の藩主となってしまったことに悔悟を覚えていないはずはない。

 辰次郎らも無言で、しかし沈黙を以て山川の言葉を認めた。悔しさや悲しみを含んだ重苦しい空気が垂れ込めたが、容保の涼やかな声がそれを払う。

「いや、皆の者、よくやってくれた」

 自分たちの主君であれば、このように言うのではないかという期待はあった。しかし実際耳にした時、こらえてきたものは容易くあふれ出した。

「皆の働きが報いられなかったのは悔しいことだ。しかし我らとて帝州の民であろう。星が彼方へ流れようとも、帝の恵みが我々の上に降り注ぐ日は必ずある。会津、そして斗南の歴史は終われども、そこに息づく皆の生は終わらぬ。願わくはいつまでも終わらせず、明日へ、明日へとつなげてほしい。我らは帝州の民にして、誇り高き会津に生まれた者たちぞ」

 容保の言葉を最後まで冷静に聞ける者はいなかった。山川浩でさえ、ひれ伏したまま涙を流していた。その周りでは、容保が話している間にすすり泣きが漏れ、やがてその声は次第に大きくなり、ついには嗚咽が境内を包むのであった。

 

 松平容保円通寺に一ヶ月間滞在し、野辺地、七戸、三戸、五戸を通って藩士たちを慰労して回った。慣れない土地での苦労を労うことは、端から見れば小さなことかもしれないが、命を賭けて仕えてきた人物の手に触れられたことで、それまでの苦労が全て報われるような心地であった。

 かつての主君は出立前日に容大の名で布告を出した。

 

『このたび余ら東京へ召され、永々、汝らと艱苦を共にするを得ざるは、情において耐え難く候へども、公儀のおぼし召しあるところ、やむ得ざるところに候。これまで賎(せん)齢(れい)をも

って重き職に奉じ、ついにお咎めも蒙らざるは、畢竟(ひっきょう)(つまり)汝ら艱苦に耐えて奮励

せしが故と歓喜このことに候。この末、ますますご趣意に尊び奉り、各身を労し、心を苦

しめ、天(てん)地(ち)罔(もう)極(きょく)の恩沢に報い奉り候儀、余が望むところなり』

 この布告を残し、容保は田名部を発った。彼がいなければならいのは、他の全ての元藩主たちと同じく東京なのだ。

 見送りには当然のように皆が出た。その全てに向け、

「皆、達者で過ごせ」

 容保は声をかけた。

 円通寺の時と同じく、誰もがこらえきれずに涙した。布告は家臣たちの報われなかった努力を讃えるもので、味わったはずの苦労への悔恨は全く含まれていなかった。

 辰次郎は多くの藩士たちと共に、かつての主君の新たな旅立ちを見送った。その背中は、藩士たちが行く新たな道に足跡をつけているようであった。